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院長:中納正樹の紹介 | 明石市の整骨院・接骨院ならなかのう鍼灸接骨院

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院長:中納正樹の紹介

中納 正樹(なかのう まさき)

趣味:トレッキング・Vlog・旅行・音楽鑑賞・読書
好きな物:ガジェット類・新しいモノ・ラーメン
嫌いな物:酒・たばこ
性格:表裏が無い
特技:筋肉をほぐす事のみ
学生時代:テニス部部長・美化委員長
将来の夢:歩き遍路・日本一周

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国家資格:柔道整復師・鍼師・灸師
その他の資格:AEAJ認定アロマセラピーアドバイザー 検定:アロマテラピー検定1級・2級
誕生日:1984(昭和 59)年7月2日
出身:兵庫県明石市
履歴:高丘保育園(in兵庫)
明石市立高丘東小学校(in兵庫)
香川誠陵中学校(in香川 寮生活)
香川誠陵高等学校(in香川寮生活)
明治鍼灸大学短期大学部・柔道整復学科(in京都)
明治国際医療大学(旧:明治鍼灸大学)・鍼灸学部(in京都)
なかのう鍼灸接骨院設立:2009年4月 10日

柔道整復師・鍼灸師を志した経緯

物心がついた保育園時代から、医師を目指し頑張って来ました。
小学校2年生から『能率(西明石校)』、3年生から『日能研(明石校)』に通っていました。中学受験後、香川県で寮生活を6年間過ごし、寮の中の規律も今となっては大切な経験となりました。

中高一貫の新設校だったため、テニス部の部長を4年間務め、硬式テニス部の新設や、テニスコートの新設を呼びかけ成功し、寮では美化委員長(ジャンケンで負け続けたため)を務め、体育館など人前で話すことに抵抗が無くなりました。
6間、医学部受験を目指していましたが、国立に行くほどの学力は無く、私立に行くほどの資金は無く、西洋医学の道を諦めつつも、医療系以外の職業は自分の中では考えられず、東洋医学の道を目指しました。

東洋医学の道、鍼灸師を志したきっかけ

高校時代に読んでいたマンガ『スーパードクターK』の中に、鍼灸師が登場する一幕があり、「この細い針を体に刺して何をしようというのだ!」と何とも言い難い興味と関心を持ちました。
その後、坂出で行われた大学説明会で、柔道整復師の短期大学部が新設されたことを知り、卒業後に鍼灸学科4大の2回生に編集できる道がある事を知り、先に柔道整復師を取得する事になりました。

大学時代の思い出

明治鍼灸大学を目指したきっかけは、『鍼』のメッカ、だったから。
先に柔道整復師から学んだ事は多くの巡りあわせが有り、良い選択肢でした。 まだ専門学校しかなかった時代に学会メンバーに所属し、毎晩深夜まで最先端の実験機器を扱わせてもらいました。
下宿先には年に2回ほどしか返らず、学校の研究室内で寝泊まりをさせて頂いておりました。
柔道整復師取得後、鍼灸学科に編入し、毎朝5時に起きてパンを焼き、昼は講義を受け、夜は夜勤の宿直バイトをしたり、病院のリハ科に努めたりと、多くの方との触れ合う事ができました。

白衣へのこだわり:
この時に出会った、明治国際医療大学付属病院のリハビリテーションセンター長・松本和久先生(理学療法士・鍼灸師・柔道整復師)に憧れ、今でも同じ白衣に袖を通し、襟を正しています。

卒業後すぐに開業を目指した理由:
在学期間が6年間あったので、何となく学生生活を過ごし、卒後に数年経験を積んで開業しよう、という姿勢ではなく、6年間で出来るところまでレベルを上げようと決め、かなり濃密な学生時代を過ごしました。
休み時間は誰かの身体を借りて練習し、学会発表や勉強会に参加し、最も勉強した期間でした。

開業した当初の思い出

12歳まで地元でいて、12 年間外で勉強させてもらい、地元・明石市に貢献しようという想いから、開業に向け実家をリフォームしてきました。
開業初日は内覧会などは行わず、11 人の方が来て下さりましたが、実は3日間、緊張の為かお腹を壊していました。
お陰様で翌月には軌道に乗り、「引退するまでこのままでいいのか?」と思い、施術の内容は当時と全く変わっていませんが、経営の勉強を開業3年目からスタートさせ、対応力に磨きをかけています。

開業10 年を迎えて思う事

10 年存続率8%言われる時代ですし、ライバルも増えました。それでも明石大久保の、なかのう鍼灸接骨院に足を運んで下さる方に感謝しかありません。まずは65 歳まで頑張ろう、と思いますので、皆さん、私に着いてきてください!